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大統領の最後の恋 

アンドレイ・クルコフ/著 前田和泉/訳 新潮クレストブックス

一人の男性の半生を三つの時系列-旧ソ時代末期(1975~92)ウクライナ独立後(2002~05)そして未来(2011~16)-に分けて交互に書き綴っている。
これは構成の妙だろう。青年期の主人公の姿を見て、この人が大統領に?と感じてしまうし、だからこそ何故彼がその地位に登りつめたのかが早く知りたくて、ついページを繰る手が早まる。大統領になってからの彼は一人身なのだが、そうするとこの女性は?あの女性は?子供は?…そしてまた夢中で読みふけることになるのだ。

これが時系列通りに書かれていたら、ここまで夢中になれたか?いえ、物語自体もとても面白いのでこの厚さでも飽きることはないでしょうが、読了までに少なくても倍の時間がかかったと思う。

主人公セルゲイは、ナイーブで優しい、優柔不断とも言えちゃうような、何処にでもいそうな男性。しかし周囲にはなかなか癖のある人間が集まる。
大統領就任後に心臓移植を受けるのだが、これがまた一癖もふた癖もある心臓だ。
緊迫する政治情勢の中、政敵が思いもよらぬ攻撃をかけてくるし、周辺諸国もとんでもない事件を起こすし、ロシアには頭が上がらないし、国内では宗教問題や政治家同士の足の引っ張り合いやら…と、シニカルでユーモラスで楽しいのだけど、ロシアウクライナ情勢に疎いため、一番面白い部分が理解出来ていない気がする…ちょっと(かなり)残念。

600ページを越える大作だし一気読みは難しいだろうが、ラストを充分に堪能するにはやはり間を空けずに読むほうが良いだろう。3日間かかりきりになったけどその甲斐はありました。おすすめ!


大統領の最後の恋 大統領の最後の恋
アンドレイ・クルコフ (2006/08/30)
新潮社
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グラックの卵 

ハーヴェイ・ジェイコブズ/他 浅倉久志/編・訳国書刊行会

1950年から68年までに発表されたユーモアSFを、年代順に並べたアンソロジー。

「見よ!かの巨鳥を!」ネルスン・ボンド
冥王星の軌道上で発見された物体。 まるで羽ばたいているように見えるが…
ありうべからざる大きさ、ありうべからざる速さ。 目標は?目的は?
ブラウンの「気違い星プラセット」を思い出した。共通項は「鳥」ってだけですが…いや、トンデモ話を真面目に書くところそのものも共通しているのかも。

「ギャラハー・プラス」ヘンリー・カットナー
マッド・天才・アル中サイエンティストの話。
学はなくても一旦酔っ払えば天才、でもシラフに戻ればただの人。しかも酔っている間の記憶は全てなくしてしまう。
物語も楽しかったけど、最高は何といってもロボットのジョー。何ともキュートで魅力的で手に負えない~。はい、ロボット&人工知能には無条件で惚れます♪

「スーパーマンは辛い」シオドア・コグスウェル
スーパーマンって言ってもタイツ穿いてるアレじゃなく、超能力者集団、って意味。自らの優位性を保ち、予測される通常人の迫害を避けるために力を合わせるスーパーマンたち。しかしその結果は…
文明礼賛っぽいところはありますが楽しかった。スーパーマンなのに、妙に小市民的なところがかわいい。
ラリイ・ニーヴン「スーパーマンの子孫存続に関する考察」もスーパーマンゆえの辛さを書いた小説だったな、こっちはタイツはいてる方だけど(笑)。再読候補のトップに上げておこう。

「モーニエル・マサウェイの発見」ウィリアム・テン
才能皆無、自意識過剰で自信過剰、周囲から避けられて当たり前の「自称」画家マサウェイが、突然才能豊かな良識人になった理由は?
タイムパラドックスものだが、普遍のテーマを新しい切り口で料理している。普通「最初に誰が?」っていうのはうやむやにされがちだけど、曖昧ではあっても回答があるっていうのは珍しい。

「ガムドロップ・キング」ウィル・スタントン
ほのぼの系の小品。レイモンドは農場で変わった「お友達」と出会い、しばらく話をするうちに心に引っかかっている悩み事を打ち明ける。
結末がはっきりしない分、この後を思い巡らす楽しみが残る。
ついイジワルな笑みが浮かんでしまうのは大人の邪悪さか(笑)。

「ただいま追跡中」ロン・グーラート
私立探偵ビルは、ロボ・クルーザーで家出した依頼人の娘を追跡中。けれどもクルーザーが不調続き。結局不時着する羽目になり、そこで機械心理学者/精神分析医のディーピング博士と知り合う。
面白いのだけどちょい読み足りなさが残る。アイディアに頼りすぎかな?

「マスタースンと社員たち」ジョン・スラデック
事務仕事という地味な職業を背景にした、非現実的で無機質な言葉遊びの世界。…ダメです、どうも合いません。

「バーボン湖」ジョン・ノヴォトニィ
これは好み♪どうせ休暇を過ごすなら、こういう場所に本をいっぱい抱えて行きたい!…洋酒だけかな?日本酒もあればいいなぁ(笑)。

「グラックの卵」
ヒーコフ教授の遺言で、絶滅種である筈の「グラック」の卵を託されたハロルド。しかしその卵を狙う人物が…。お色気風味の利いた楽しい一篇。

しかし、最初の「見よ!かの巨鳥を!」の卵の壮大さ(大風呂敷)に比べて、「グラックの卵」の卵ちゃんの可愛らしいこと。黄金時代以降変転を重ねてきたSFではあるが、こうやって発表年代順に読んでみると、傾向がはっきりしてくる。
やっぱり自分には50年代あたりが向いているらしい…。

 

グラックの卵 グラックの卵
ハーヴェイ ジェイコブズ (2006/09)
国書刊行会
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シャルビューク夫人の肖像 

ジェフリー・フォード/著 田中一江/訳 ランダムハウス

19世紀末。時代の波に乗って、肖像画家として名を成しているピアンボは、盲目の男から「主人の肖像画を書いて欲しい」との依頼を受ける。高額の申し出に惹かれて依頼主シャルビューク夫人の元を訪れたピアンボ。だがそこで告げられた条件は「姿を見ずに、会話だけで自分の肖像画を描け」という奇想天外なものだった。

衝立の影から、子供時代の特異な経験を語るシャルビューク夫人。
山中の一軒家、降り積もる雪、そのひとつひとつの結晶。
或いは、まるで涙のように目から血を流し、路地裏で死んでいく女性。
主題に相応しく、絵画的な雰囲気の中で流れゆく物語。

非常に印象深く、サスペンスに溢れた読み応えのある作品である。ピアンボの恋人サマンサの毅然とした美しさ、シャルビューク夫人の正体を暴くことに積極的な画家仲間、姿を見せずに脅しをかけるシャルビューク氏、盲目の執事と、登場人物も多彩で個性的。読み出したら止められない、面白い小説だった。
だが、読後にはどうしても物足りなさを感じる。すっきりとまとまった完成度の高さ、これはエンターティーメント小説として一流だとは思うのだけど、「白い果実」の荒削りだけれど力強い、怖ろしくも魅力的な世界とどうしても比較してしまう。
最後は好みの問題だし、「白い果実」は三部作の第一作に過ぎないため、これからどうなるかは未知数でもあるのだけれど…やっぱりこっちが好きですねぇ。でも安心して人に薦められるのは?と聞かれたら間違いなく「シャルビューク夫人」ですなー。


シャルビューク夫人の肖像 シャルビューク夫人の肖像
ジェフリー・フォード (2006/07/20)
ランダムハウス講談社
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でかした!ジーヴス 

P・G・ウッドハウス/著 森村たまき/訳 国書刊行会

今回は11篇収録の短編集、そのうちの2編が文藝春秋版の「ジーヴズの事件簿」と重なっている。それも冒頭に収録と来たもんだ。
…はい、焦りましたよ二度買いしちゃったかと思って(笑)。でも大丈夫、ダブっているのはお気に入りの作品だし、他の作品も結構粒揃い。特に「愛は全てを浄化す」なんて、古い映画のファンなら感涙もの。リリアン・ギッシュにグレタ・ガルボ、極めつけはクララ・ボウ!映画が娯楽の王様だった時代ならではの話ですね。「ビンゴ夫人の学友」も、うーイジワルだ!と思いながらも笑っちゃったし。あ、でも第一話のタイトルは「ジーヴスと迫りくる運命」よりも文春版の「バーティー君と白鳥の湖」のほうが良かったな。

兎にも角にも、ワンパターンの楽しさ、ジーヴスの慇懃で七面倒くさい言葉遣いの面白さ、奇人変人の大盤振る舞いと、今回も充分満足させて頂きました♪次回、ウッドハウスコレクション第6弾「サンキュー、ジーヴス」は12月刊行予定だそうです。同じ月には文藝春秋からスミス氏が出るので、正月はウッドハウス三昧かな~♪いや、年が明けるまで持たないような気もするが…(笑)。


収録作品
ジーヴスと迫りくる運命/シッピーの劣等コンプレックス/ジーヴスとクリスマス気分/ジーヴスと歌また歌/犬のマッキントッシュの事件/ちょっぴりの芸術/ジーヴスとクレメンティーナ嬢/愛はこれを浄化す/ビンゴ夫人の学友/ジョージ伯父さんの小春日和/タッピーの試練


でかした、ジーヴス!―ウッドハウス・コレクション (ウッドハウス・コレクション) でかした、ジーヴス!―ウッドハウス・コレクション (ウッドハウス・コレクション)
P.G. ウッドハウス (2006/07)
国書刊行会
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絶望 

ウラジミール・ナボコフ/著 大津栄一郎/訳 白水社

おはなさんの強烈お薦めで、遂に初ナボコフです。

倒叙ものなので粗筋は省きますが。
主人公へルマン、何と言ってもこのヒトが凄い。
自分以外、自分の目に映る世界以外のものは全く見えていないのだ。

延々と続く独白はひたすら自分のこと。
妻や親戚も、「自分の目にこう映る」という存在に過ぎず、一人の自立した人間として見ることはない。「自分は嘘つきである」と述べているが、嘘と言うより妄想か。自己を粉飾し、陶酔している様は滑稽である。周りの人間たちは、自分が見せたいと思っている姿を丸ごと信じていると思い込んでいる様も滑稽である。更に、周囲で起きていることに対して、あれほどに歴然としていながらも主人公の目には全く入っていない。もう滑稽というより気の毒になってくる…

「亡命作家に読ませたい」と願うこの手記は、常に読者を念頭において綴られている。しかし読者は彼が絶対に見ようとしない現実を知らされる。
「え、そこで信じちゃマズイんじゃないの?」
「あー、それは駄目絶対駄目!」
「おいおい、相手が腹の中で何考えてるかミエミエじゃないか!」
性格破綻者とも言える主人公だけれど、その純粋さゆえに同情が沸き、思わずこういう言葉も出てしまう。

結末は、何通りにでも解釈できるようになっている。
解説に書かれていたのも、ひとつの解釈ではありますが、個人的にはそっちは取りませんねぇ。「女はしたたか」、そっちのほうがありえると思ふ。。。

ナボコフの名で、つい享楽的本読みの自分などは引いてしまうのですが、これは文学としてだけではなく、倒叙もののミステリとしても一級品なのじゃなかろうか?可能ならば妻側の視点から書かれたこの物語を読みたい。多分、いや確実に、これに負けず劣らず面白い小説になるだろうな。
 

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