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マシアス・ギリの失脚 

池澤夏樹/著 新潮文庫 

(以下、ネタバレ注意)

舞台は主に3つの島からなる南洋の国ナビダード。珊瑚礁に囲まれた豊かな海に肥沃な大地、人口はたった7万人。充分に自給自足できる環境である。
それでも移り変わる世界情勢は、この国の孤立を許さない。大航海時代のスペインから始まり、現代ではアメリカと日本のどちらの庇護を受けるべきか、この国の3人の歴代大統領は悩み選択し、国際的な立場を維持しようと努力を続ける。

この作品は、2代目大統領であり一度選挙で敗北したもののまた返り咲き、事実上の独裁者となったマシアス・ギリの物語。青年期に日本で教育を受け、帰国後は消費文化の波に乗り成功を収めた実業家でもある。彼の人生そのものも面白くて充分に読み応えがあるのだが、この本の魅力は何といってもナビダード国そのものと無名の国民たちだろう。

最初に紹介されるこの国独特の生死感、市場で交わされる噂話、「消えたバス」に対する態度などから浮かび上がる、精神的に成熟しきった人々の姿。表で彼らを支える長老議会もさることながら、この国の根本はやはり八年に一度行われるユーカマイカの神事だろう。数万の人々が大巫女と同化し、他人と我が身を比べることは無意味となり、人と動植物との境界は消え、個々の存在は神の意識の中で一体となる。

食に困ることもなく、精神的にもこれ以上望めないほど豊かな人々にとって、政治や諸外国の動向や金銭的な成功に何の意味があるのか?

それを考える時、この作品の「幻想」は、神話や説明のつかないバスの失踪事件や飛び交う蝶ではなく、マシアスを初めとする政治家たち外国人たちのほうなのではないか…そう感じるのだ。

けれども最後の数ページは、それらの想いを打ち破ってしまう。余韻に浸る間もなく現実の世界を突きつけてくるのだ。このラストがなければ…せめて読まずに済ませることが出来れば…。少々残念。

マシアス・ギリの失脚 マシアス・ギリの失脚
池澤 夏樹 (1996/05)
新潮社
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ミスター・ヴァーティゴ 

ポール・オースター/著 柴田元幸/訳 新潮文庫

恥ずかしながらの初オースター。読後に調べたところによると、彼の作品としては群を抜いて読み易いらしい…良かった(笑)。

孤児で性悪、無教養な少年ウォルターは、謎の紳士に「空の飛び方を教えてやる」と言われ、一緒に暮らすようになった。数年に及ぶ虐待まがいの訓練を経て、やっと「ウォルト・ザ・ワンダーボーイ」として名声を手にしたのだが…。

ファンタジーというにはあまりにもリアル。20世紀初頭の、華やかでありながら暗く絶望的な、偏見と拝金主義の世情を余すところ無く描いている。けれどもどこか希望と明るさを感じさせるのは、やはりウォルターや師匠を初めとする登場人物の純粋さ(良い意味だけではないけれど)が切々と伝わってくるからだろう。何度地に落ちても起き上がり、人生を切り開いていくウォルター。飛翔の次には墜落が待っているとしても、墜落するごとにまた新しい人生が開けるのかも知れない。人生ってそう悪いものじゃないな。そう思わせてくれる作品だった。

ミスター・ヴァーティゴ (新潮文庫) ミスター・ヴァーティゴ (新潮文庫)
ポール オースター (2006/12)
新潮社
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最後のウィネベーゴ 

コニー・ウィリス/著 大森望/訳 河出書房新社

やっと出ました、待ちに待ったコニー・ウィリスの新刊。

「女王様でも」
しょっぱなからコレですか(笑)。殆ど女性だけの会話で成り立った、女性には無関心でいられないテーマを扱った作品。しかし極々当たり前、無いと焦るこの永遠のテーマを正面から取り上げた作品って今まで無かったんですよねぇ。何が問題なのかよく判らない書き出しから、思わず脱力の笑みを浮かべてしまうラストまで、短いながらも充分に楽しめる作品でした。

「タイムアウト」
これも面白い。こういうのを書かせたら天下一品ですねえ。「中年の危機」をSF仕立てにしようってのがまずすごい。そこに子供の送迎・帰宅の遅い夫・浮気・駆け落ちを混ぜ込んで最後に水疱瘡をひとたらし…それでも充分SFです(笑)。

「スパイス・ポグロム」
上記2編と同じくコメディー仕立てですが、これはスラップスティック。しかもサイレント映画を彷彿とさせるようなドタバタあり恋愛ありのハイテンション。会話は成り立っているものの、自分の発した意味と相手の受け取る意味が全く違っていたら?自分の部屋をシェアするだけじゃなく、廊下にも階段の一段ごとにも住んでいる人々がいて、その人たちとバスルームが共用だったら?そしてこれもきっちりSFです~。

「最後のウィネべーゴ」
この本の中で唯一シリアスな中篇。滅び行くものへの哀悼が抑えた筆致で淡々とつづられており、ペットに特に入れ込むことの無い私にも深い余韻を与えてくれました。そして作中の小物の扱い方が巧い。最初は意味不明でも、全体像が見えてくるに従ってその重さがずっしりと伝わってきます。

最後のウィネベーゴ 最後のウィネベーゴ
コニー・ウィリス (2006/12/08)
河出書房新社
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すべての火は火 

フリオ・コルタサル/著 木村 栄一/訳 水声社


ごく普通の日常が非日常と繋がり重なり合う、道を歩いているうちにいつの間にか道路から半歩外れている…そんな雰囲気の8編の短編を収録。

「南部高速道路」
秋に始まり春にやっと解消される渋滞、その中で起きる人間模様と芽生える愛、そして諍い。登場人物の描写は薄いが、それが物語そのものの幻想的な雰囲気を盛り上げている。ラストの空虚さが心に残った。

「病人たちの健康」
重症の母への気遣いが、いつの間にか周囲の者を巻き込み新たな現実を作り始める…痛々しくも滑稽で哀しい。

「合流」
これを理解するほどに南米の歴史について知識がなかったのが残念。苦手な戦争ものということもあって表面的なところしか読めなかった。

「コーラ看護婦」
この作品集の中では一番普通っぽい?それでも夢の中で濃霧に阻まれ前に進めないときの感覚を思い起こさせる。

「正午の島」
読み手によって幾通りもの解釈が出来そうな作品。島への憧れを喚起したものは?島に滞在したのは?そして流れ着いた男は?そのままさっと読めば流してしまえるが、気になったら最後考え込まされる。

「ジョン・ハウエルへの指示」
客席と舞台の境、現実と虚構の境が消えうせる怖さ。底なし沼に落ち込むような感覚にさせる作品。

「すべての火は火」
ありがちな三角関係が過去の悲劇と融合する。センテンスの途中で唐突に場面が転換し、重要な出来事が行間でのみ語られ、最後の火に終結する。個人的には好みの物語ではないけれど、手法は凄い。

「もうひとつの空」
ガス燈に照らされた商店街での噂話と、そこに見え隠れする殺人者の影と南米人。異次元のその空間にいとも簡単に出入りする青年。これも複数の解釈が可能なのだろうが、そのまま雰囲気に浸るだけで充分かも。一番好みに合う物語だった。

10ドルだって大金だ 

ジャック・リッチー/著 藤村裕美/訳 河出書房新社

出ました「クライム・マシン」に続くジャックリッチー短編集第二弾。
切れがよく無駄のない、すっきりとした文体。シニカルでユーモラス、暗い物語であっても軽やかで楽しい読後感。読書に気軽な楽しみを求めるのならば、やっぱりこういう本が最高ですね。全部が全部傑作といえるわけではないけれど、それでも読んで損は無い。
あまりにも簡潔な文体ゆえ、ストーリーに触れるとネタバレの危険性大。なので、ここでは一部の簡単な感想だけに留めておきます。

「妻を殺さば」
これは映画にもなったらしい。でも、当時の倫理観に反するため、ストーリーはかなり改変されている模様…勿体無いですよそんな。倫理に反するからこそラストが生きる一篇。

「毒薬で遊ぼう」
導入部から引き込まれ笑わせられる。尋問する側とされる側の駆け引きが最高!最後まで無駄が無く、短編ではあるが読み応え充分、いや十二分。

「キッド・カーデュラ」
「クライムマシン」に連作短編として紹介されていたカーデュラ氏のシリーズ番外編。あちらのカーデュラ氏とはイメージが違うけれども、こっちのカーデュラも面白い!こういう一族ならば仲間入りしても良いかも?(笑)

「誰も教えてくれない」
今回の連作短編ターンバックルシリーズ。これを含め5編が掲載されています。主人公は駆け出しの探偵、しかし彼の探偵ぶりがまた…(笑)。と思いきやしっかり裏切ってくれる作品もあり。

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収録作品
妻を殺さば/毒薬で遊ぼう/10ドルだって大金だ/50セントの殺人/とっておきの場所/世界の片隅で/円周率は殺しの番号/誰が貴婦人を手に入れたか/キッド・カーデュラ/誰も教えてくれない/可能性の問題/ウィリンガーの苦境/殺人の環/第五の墓

10ドルだって大金だ 10ドルだって大金だ
ジャック・リッチー (2006/10/13)
河出書房新社
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