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紙葉の家 

マーク・Z・ダニエレブスキー/著 嶋田洋一/訳 ソニーマガジンズ

アパートの一室で、孤独な老人が死んだ。そのアパートに住む友人に頼まれ、部屋の片づけを手伝うことになったジョニーは、そこでおびただしい数の紙束を見つける。そこに書かれていたのは、『ネヴィットソン記録』と名づけられた記録映画の解説だった。
物語は、『ネヴィットソン記録』の内容と、ジョニーの手記が交互に進む形になっている。『ネヴィットソン記録』には、関係を修復しようと引っ越してきた写真家ウィル・ネヴィットソンの一家が、新しい家で体験した恐ろしい事件が事細かに記されている。外壁よりも長い室内、突如出現した廊下、その奥にある果てしない虚無…その上ネヴィットソンのふたりの子供たちが、全く同じに真っ黒の廊下の絵を何枚も描くのだ。
これだけでも充分に奇怪なのに、ばらばらの紙片に記されたこの記録をまとめようとする青年ジョニーの精神が次第に崩壊する様は同じように壮絶である。虚無の、果てしない暗闇の恐ろしさ。確固とした拠り所がひとつも無い不安定さ。

縦書きだった文章が横書きになり、天地が逆に書かれ、鏡文字になり棒線で消され…。活字をひたすら追い続け、本をぐるぐる回し、鏡に映していると、小説を読んでいるのだということを忘れ、この虚無が現実のものとして迫ってくるように感じられる。これ、実は真面目に恐かった…
そして、やっと『ネヴィットソン記録』から抜け出しほっとするのもつかの間、最後の、ジョニーの母親の手記でまた混沌に引きずり込まれるのだ。
「この紙葉をめくる者、すべての希望を捨てよ」…全くその通り。

装丁はとっても綺麗なのだけど、この厚さと重さ。ぐるぐる回しながら読むのは、特に借り本なので神経使うし。まっこと辛かったっ(笑)。注釈の細かい活字が何ページも続くし。
しかしそれだけのことはある。一部変態本との声もあり、勿論充分に頷けるのだが(笑)滅多なことでは感服しない活字中毒者でも諸手を挙げて「参りましたっ!」と言うしかない本だと思う。

紙葉の家 紙葉の家
Mark Z. Danielewski、嶋田 洋一 他 (2002/12)
ソニーマガジンズ
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山椒魚戦争 

カレル・チャペック/著 栗栖継/訳 ハヤカワSF文庫

スマトラ諸島の小島で、謎の生物が発見される。両棲で人懐こい、山椒魚に似ているが直立歩行するそれらを発見したヴァン・トフ船長は、真珠とりに山椒魚たちを使おうと思いつく。
最初は動物を飼いならして使役する程度のことだった筈なのに、山椒魚たちは言葉を話し出し、農業は山椒魚用の食物生産に依存、知識人たちは山椒魚の権利を確立すべく運動を始め、企業は海の開発のために山椒魚に機械や爆発物を提供し…
全ては終末に向けて必然的に進んでいく。巻末にチャペックが書いているとおり、不可避であろうラスト。個人的に風刺的な作品はあまり好みではないのだが、そんなことは言っていられない、面白くて止められないのだ。
この小説は1936年に書かれたため、各国の主張は当時の世相を反映したものとなっているが、人間の行動は政治情勢がどうあれ結末は変わらないんじゃないだろうか?舞台を現代に移しても、やっぱりこの道を進むことになるんだろうな…。
第二次大戦前夜のナチスの脅威を描いたとされるこの小説だが、今ではあまり感じ取ることが出来ない。どちらかといえば、何時の時代だろうと人間のやることって変わっていないんだな…と思う。やはり作者の執筆動機がなんであれ、どんな時代であれ、普遍性の高い物語なのだろう。

ドイツとロシアで出版された翻訳では、自国に都合の悪いくだりは削除されているらしい。なんかこれ読むと理解できるなあ。日本はその頃まだヨーロッパでは重要視されていなかったので、削除したくなるほどの描かれ方はしていない。お陰で完訳で読めるのである…嬉しいけれどちょっとフクザツかも(笑)。

山椒魚戦争 山椒魚戦争
カレル チャペック (2003/06/13)
岩波書店
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白い果実 

ジェフリー・フォード/著 山尾悠子・他/訳 国書刊行会

独裁者ビロウの内面から作り上げられた「理想形態市」。恐怖に支配されているこの街の、ビロウの信任も厚い一級観相官クレイは、不死をもたらすという「白い果実」の消失事件を調査する為、属領へと赴く。死後の身体さえも搾取される、貧しい属領の住民たちと、軽蔑のみで彼らと接するクレイ。このクレイの人物像には驚かされた。思わず苦笑を誘われる程に、極限まで肥大した自己愛。他人は全て外観を数値化した観相学的特長のみで分類され、彼らの人間性も発するお世辞に含まれる皮肉も、クレイの心には届かない。そして時折挟み込まれる彼の苦渋と裏切りに満ちた過去…。幻想小説ではあるけれど、描かれているのは重苦しく逃げ場を閉ざされた幻想である。しかし、流麗な文体と、二転三転する魅惑的なストーリー、その上諧謔的でありコミカル、冒険活劇風ですらある物語。読み始めたらもう途中下車は不可能なので、興味を持たれた方は時間のある時に取り掛かって欲しい。一応の解決をもって終わる本書だが、疑問や謎は未解決のまま。 …と思いきや、やはり続編があるらしい。後書きによると、この物語は全3巻で完結するとのこと。翻訳の山尾悠子氏には出来れば本人の新しい作品を期待したいところだが、この続きを待たされるのも辛すぎる。その上本書で既に山尾氏の文体が頭に刻み込まれてしまったので、訳者を変えるなどもってのほか。ジレンマです…それも「理想形態市」の偽楽園のように逃げ場のない。ひたすらに待つしかないです…。

白い果実 白い果実
ジェフリー フォード (2004/08)
国書刊行会
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家守綺譚 

梨木香歩/著 新潮社

 ボートで湖に出たきり帰らぬ人となった同級生の家族が引っ越すことになり、残った家の守として住み込むことになった、駆け出しの文筆家征四郎。しかしこの家が只者ではない。庭の百日紅に懸想される、床の間の掛け軸からは亡きこの家の息子高堂が尋ねてくる。池には河童、近所の川には川獺。拾った野良犬は有名な仲裁犬となり、遠くからもお呼びがかかる。物の怪に出会うたびに驚く征四郎に、隣家の細君や編集者の後輩は「常識ですよ」と諭すのだ。この飄々とした雰囲気が楽しい。人間も物の怪も死者も、この家ではあたりまえに共存している。物の怪たちもごく自然に生活に溶け込んでいるので、自己主張の強い悪戯などはしないのである。八百万の神々は彼らもを守っているのであろうなあ。他の登場人物たちも生き生きして、無理せず慌てず驚かず…長虫屋がいいですね、物の怪よりも謎(笑)。明治という舞台設定を生かした、浪漫溢れるファンタジーでありました。普段馴染みの薄い日本物の小説ですが、こういう世界ならばすんなりと楽しめるのです。

 

家守綺譚 家守綺譚
梨木 香歩 (2006/09)
新潮社
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その名にちなんで 

ジュンパ・ラヒリ/著 小川高義/訳 新潮社クレストブックス

カルカッタ在住のベンガル人アシマは、見合い結婚してすぐに夫アシュケと共にアメリカへ移住する。
異国で生まれた長男に、アシュケは生涯の転機となった事故で自分の命を救った本の作家にちなみ「ゴーゴリ」と名づけるが、ゴーゴリは成長と共に自分の名を恥じるようになり、その後大学入学を切っ掛けに改名に踏み切り「ニキル」と名乗る。生まれ変わった彼は戸惑いつつも新しい生活に飛び込んでいくが…

ベンガルの風習を守り続け、アメリカでもベンガル人社会の中のみで生きようとする両親と、生まれ育ったアメリカ社会に溶け込もうとする子供たち。しかし、アメリカ文化の中でのみ育ったアメリカ人と同じにはなりきれないゴーゴリの生き方が、名前と女性遍歴とで著される。
うまい!としか言いようのないエピソードの積み重ねが素晴らしい。もう絶賛である。読後には男物の靴を履いてみるアシマ、インドでアメリカンボップスのテープを奪い合う兄弟、ニューハンプシャーで自然に溶け込んだ生活をおくるラトクリフ一家の映像がしっかり頭に刻みつけられていた。この完璧な小宇宙を作り上げたのが、まだ30代の女性というのだから嬉しい驚きである。珠玉の短編集「停電の夜に」で酔わせてくれたかと思うと今度はこの長編…読書好きで良かった!

この先ネタバレ領域です、ご注意を。

 


あとがきで「ほとんど憎まれ役」と書かれていたモウシュミの存在が際立っていたと思う。同じような環境に育ち、同じようにそれらを拒否しながらも、最後は両親の生きかたを理解し引き継いでいこうとするゴーゴリと、それを自分から破壊してしまうモウシュミ。彼女はベンガル社会で生きていくことに耐えられず、しかし芯からアメリカに溶け込むことも出来ない…唯一両方から遠く離れたパリでの生活のみが本当の人生であったような彼女があまりにも痛ましい。これは両親の育て方の差と言えるのだろうが、本人が気づいていないのが一番の悲劇なのかも…。
そして静かで目立たないが、両親が少しづつ、そして着実にアメリカ社会に根を下ろしていく様子が心に残る。アシマの生き方は、一見女性としての宿命に流されているように見えながら、実は一番したたかなのかも知れない…勿論礼賛の意味で。

あれこれとだらだら書き連ねてしまいましたが、言いたいのはひとことだけ…最高です!


その名にちなんで その名にちなんで
ジュンパ・ラヒリ (2004/07/31)
新潮社
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