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ジェーン・エア 

シャーロット・ブロンテ著 大久保康雄訳 新潮文庫

中学時代、学校の図書館に「世界文学全集」全100巻が置いてあり、2年の時だったか全巻読破に挑戦した。タイトルとしては40くらいしかなかったと思うが、これで多種多様なジャンルに馴染むことが出来た。が、哀しいかな現在までしっかり覚えているのは数作程度、それも途切れ途切れの記憶しかない。

この本も、そんな1冊。導入部なんて忘却の彼方、かろうじて途中の印象的ないくつかのシーンとラストを思い出せる状態…多分、その頃にはあまり感銘を受けなかった作品だったのだろう。

しかし。
ン十年後に再読すると、これが面白いのなんの。決して短いとはいえない上下巻を、貪るように一日で読みつくしてしまった。

不幸な、そして怒りに満ちた少女時代。
18になる頃には、夢も希望も自分には無縁のものとして、一教師としてつつましく自活する以上のことを考えてないジェーン。

だが、彼女のものの考え方は非常に独特である。機知に富み、判断力に優れ、そして地味な外見からは窺い知れぬ熱い情熱を秘めている…が、性格的にはかなり偏りがあると感じた。非常にプライドが高く、冷静沈着でありながらも時に後先を考えずに行動を起こす。常に静かで控えめでありながら、チャンスがあれば自分の機知を見せびらかし、才能を誇示する。

彼女の情熱の対象、ロチェスター氏もかなりエキセントリックだ。他人を騙すことに喜びを感じるとしか思えない…占い師然り、イングラム嬢との恋愛遊戯然り。彼も、恐ろしく高いプライドを持っているのだろうな。二人とも、容易には癒すことの出来ないくらいに根深い「孤独」を抱えている。互いに魅力の無い容姿であることも、ここまで孤独感を抱くに至った一因であるだろう。だからこそ、彼らは互いを激しく求め、共鳴し合う…多分、この相手以外に自分の孤独を理解し癒すことの出来る人間はいないのだろうから。

そして、ふたりを合わせたよりももっと高慢で救いようがないくらいにエキセントリックなのが従兄セント・ジョンである。ま、彼はバルカンに例えられるような美男子ですけどね。彼が何故にこういう性格となるに至ったかが書かれていないのが結構不満。

この彼らの性格の奇矯さが、悲劇、ロマンス、ゴシック風の恐怖などで色づけされたストーリーの巧妙さにも増して、この本を素晴らしく面白いものに仕立てている。彼らの圧倒的な存在感の前では、テムプル先生やフェアファックス夫人、メアリやダイアナといった優しく思いやりに溢れた人々の、なんと色褪せて見えること…。彼らは生きている。この物語を読むものに、その息遣いを感じさせる程に生きているのだ。独特の人物設定と、その細やかな描写が、この小説をいつまでも古びず色褪せない、古典的名作としているのだと感じた。

今、この年代になって読み返してみて本当に良かった。この小説の面白さは、10代ではほんの表面しか味わえないのだろう。是非他の、中学生の頃に読んだ古典も読み返したくなった。

 

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