スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ウッドハウス情報 

文芸春秋社刊「マリナー氏の冒険譚」を読んでいます。著者ウッドハウス氏の処方箋に忠実に、一日2編まで・・・とは行きませんな、勿論。

感想は後日ここに書く予定ですが、一番に目を引いたのが帯に記された

「続刊決定」の文字!

何と「ユークリッジの商売道」と「ドローンズの交遊帖」が刊行だそうな。

 

国書刊行会も当初の予定を遙かに超えてジーヴスものを出し続けてくれていて喜んでいたのに、文春でも続刊決定とは、なんとも嬉しいニュースです。刊行がいつになるか書かれていないのが辛いところだけど、大人しく待ちますよ、ええ。

ちなみにこの「マリナー氏」もとっても面白い!国書さん文春さん、出してくれればちゃんと買いますよ~。だからどんどん刊行して下さい♪

 

 

 

スポンサーサイト

3度目の正直 

以前のサイトとブログを一旦閉じて、新規まき直しです。…今度こそ!(笑)

サイトのアシモフ関係と、旧ブログの感想はこっちに移しましたので、あとは日常生活などを織り込みながらぼちぼち続けていく予定です。

昨年春、ひと月置いてではあるけれど、舅と実母が死去して忙しい日々が続いていました。一息ついたあとも、数か月もほっておいた為なかなか再開の勇気が出ず…そして今春、一周忌の目途もついて「この際新装開店しちゃおうか?」と思った矢先に実父が急逝。今度は昨年の比じゃありません、何もかも姉と私の二人でせにゃならん(汗)。

 

父の葬儀、母の一周忌、誰もいなくなった実家の片づけなどなど、6月いっぱいかかりました。家を出て20年以上、盆正月ですらほとんど訪れることのなかった実家に日参しちゃったもんなあ。如何に不仲の親子であれ、最後くらいはきちんとしたかったし、至らないところも多々あっただろうけれどなんとか終わりました。来年は一周忌と三回忌があるけど、今年に比べりゃこっちは楽勝だい。

 

冠婚葬祭ってなんでこんなに面倒なんだろうか?まあ仕方のないことではありますが。それでもこれだけ続けば、しばらく突発的な出来事はないだろうと思います…そうあって欲しい。

最初のご挨拶にしてはなんだか暗くなってしまいましたが、今後は以前の通り能天気に進めていく所存です。どうぞよろしくお願いします♪

 

マシアス・ギリの失脚 

池澤夏樹/著 新潮文庫 

(以下、ネタバレ注意)

舞台は主に3つの島からなる南洋の国ナビダード。珊瑚礁に囲まれた豊かな海に肥沃な大地、人口はたった7万人。充分に自給自足できる環境である。
それでも移り変わる世界情勢は、この国の孤立を許さない。大航海時代のスペインから始まり、現代ではアメリカと日本のどちらの庇護を受けるべきか、この国の3人の歴代大統領は悩み選択し、国際的な立場を維持しようと努力を続ける。

この作品は、2代目大統領であり一度選挙で敗北したもののまた返り咲き、事実上の独裁者となったマシアス・ギリの物語。青年期に日本で教育を受け、帰国後は消費文化の波に乗り成功を収めた実業家でもある。彼の人生そのものも面白くて充分に読み応えがあるのだが、この本の魅力は何といってもナビダード国そのものと無名の国民たちだろう。

最初に紹介されるこの国独特の生死感、市場で交わされる噂話、「消えたバス」に対する態度などから浮かび上がる、精神的に成熟しきった人々の姿。表で彼らを支える長老議会もさることながら、この国の根本はやはり八年に一度行われるユーカマイカの神事だろう。数万の人々が大巫女と同化し、他人と我が身を比べることは無意味となり、人と動植物との境界は消え、個々の存在は神の意識の中で一体となる。

食に困ることもなく、精神的にもこれ以上望めないほど豊かな人々にとって、政治や諸外国の動向や金銭的な成功に何の意味があるのか?

それを考える時、この作品の「幻想」は、神話や説明のつかないバスの失踪事件や飛び交う蝶ではなく、マシアスを初めとする政治家たち外国人たちのほうなのではないか…そう感じるのだ。

けれども最後の数ページは、それらの想いを打ち破ってしまう。余韻に浸る間もなく現実の世界を突きつけてくるのだ。このラストがなければ…せめて読まずに済ませることが出来れば…。少々残念。

マシアス・ギリの失脚 マシアス・ギリの失脚
池澤 夏樹 (1996/05)
新潮社
この商品の詳細を見る

ミスター・ヴァーティゴ 

ポール・オースター/著 柴田元幸/訳 新潮文庫

恥ずかしながらの初オースター。読後に調べたところによると、彼の作品としては群を抜いて読み易いらしい…良かった(笑)。

孤児で性悪、無教養な少年ウォルターは、謎の紳士に「空の飛び方を教えてやる」と言われ、一緒に暮らすようになった。数年に及ぶ虐待まがいの訓練を経て、やっと「ウォルト・ザ・ワンダーボーイ」として名声を手にしたのだが…。

ファンタジーというにはあまりにもリアル。20世紀初頭の、華やかでありながら暗く絶望的な、偏見と拝金主義の世情を余すところ無く描いている。けれどもどこか希望と明るさを感じさせるのは、やはりウォルターや師匠を初めとする登場人物の純粋さ(良い意味だけではないけれど)が切々と伝わってくるからだろう。何度地に落ちても起き上がり、人生を切り開いていくウォルター。飛翔の次には墜落が待っているとしても、墜落するごとにまた新しい人生が開けるのかも知れない。人生ってそう悪いものじゃないな。そう思わせてくれる作品だった。

ミスター・ヴァーティゴ (新潮文庫) ミスター・ヴァーティゴ (新潮文庫)
ポール オースター (2006/12)
新潮社
この商品の詳細を見る

最後のウィネベーゴ 

コニー・ウィリス/著 大森望/訳 河出書房新社

やっと出ました、待ちに待ったコニー・ウィリスの新刊。

「女王様でも」
しょっぱなからコレですか(笑)。殆ど女性だけの会話で成り立った、女性には無関心でいられないテーマを扱った作品。しかし極々当たり前、無いと焦るこの永遠のテーマを正面から取り上げた作品って今まで無かったんですよねぇ。何が問題なのかよく判らない書き出しから、思わず脱力の笑みを浮かべてしまうラストまで、短いながらも充分に楽しめる作品でした。

「タイムアウト」
これも面白い。こういうのを書かせたら天下一品ですねえ。「中年の危機」をSF仕立てにしようってのがまずすごい。そこに子供の送迎・帰宅の遅い夫・浮気・駆け落ちを混ぜ込んで最後に水疱瘡をひとたらし…それでも充分SFです(笑)。

「スパイス・ポグロム」
上記2編と同じくコメディー仕立てですが、これはスラップスティック。しかもサイレント映画を彷彿とさせるようなドタバタあり恋愛ありのハイテンション。会話は成り立っているものの、自分の発した意味と相手の受け取る意味が全く違っていたら?自分の部屋をシェアするだけじゃなく、廊下にも階段の一段ごとにも住んでいる人々がいて、その人たちとバスルームが共用だったら?そしてこれもきっちりSFです~。

「最後のウィネべーゴ」
この本の中で唯一シリアスな中篇。滅び行くものへの哀悼が抑えた筆致で淡々とつづられており、ペットに特に入れ込むことの無い私にも深い余韻を与えてくれました。そして作中の小物の扱い方が巧い。最初は意味不明でも、全体像が見えてくるに従ってその重さがずっしりと伝わってきます。

最後のウィネベーゴ 最後のウィネベーゴ
コニー・ウィリス (2006/12/08)
河出書房新社
この商品の詳細を見る

すべての火は火 

フリオ・コルタサル/著 木村 栄一/訳 水声社


ごく普通の日常が非日常と繋がり重なり合う、道を歩いているうちにいつの間にか道路から半歩外れている…そんな雰囲気の8編の短編を収録。

「南部高速道路」
秋に始まり春にやっと解消される渋滞、その中で起きる人間模様と芽生える愛、そして諍い。登場人物の描写は薄いが、それが物語そのものの幻想的な雰囲気を盛り上げている。ラストの空虚さが心に残った。

「病人たちの健康」
重症の母への気遣いが、いつの間にか周囲の者を巻き込み新たな現実を作り始める…痛々しくも滑稽で哀しい。

「合流」
これを理解するほどに南米の歴史について知識がなかったのが残念。苦手な戦争ものということもあって表面的なところしか読めなかった。

「コーラ看護婦」
この作品集の中では一番普通っぽい?それでも夢の中で濃霧に阻まれ前に進めないときの感覚を思い起こさせる。

「正午の島」
読み手によって幾通りもの解釈が出来そうな作品。島への憧れを喚起したものは?島に滞在したのは?そして流れ着いた男は?そのままさっと読めば流してしまえるが、気になったら最後考え込まされる。

「ジョン・ハウエルへの指示」
客席と舞台の境、現実と虚構の境が消えうせる怖さ。底なし沼に落ち込むような感覚にさせる作品。

「すべての火は火」
ありがちな三角関係が過去の悲劇と融合する。センテンスの途中で唐突に場面が転換し、重要な出来事が行間でのみ語られ、最後の火に終結する。個人的には好みの物語ではないけれど、手法は凄い。

「もうひとつの空」
ガス燈に照らされた商店街での噂話と、そこに見え隠れする殺人者の影と南米人。異次元のその空間にいとも簡単に出入りする青年。これも複数の解釈が可能なのだろうが、そのまま雰囲気に浸るだけで充分かも。一番好みに合う物語だった。

10ドルだって大金だ 

ジャック・リッチー/著 藤村裕美/訳 河出書房新社

出ました「クライム・マシン」に続くジャックリッチー短編集第二弾。
切れがよく無駄のない、すっきりとした文体。シニカルでユーモラス、暗い物語であっても軽やかで楽しい読後感。読書に気軽な楽しみを求めるのならば、やっぱりこういう本が最高ですね。全部が全部傑作といえるわけではないけれど、それでも読んで損は無い。
あまりにも簡潔な文体ゆえ、ストーリーに触れるとネタバレの危険性大。なので、ここでは一部の簡単な感想だけに留めておきます。

「妻を殺さば」
これは映画にもなったらしい。でも、当時の倫理観に反するため、ストーリーはかなり改変されている模様…勿体無いですよそんな。倫理に反するからこそラストが生きる一篇。

「毒薬で遊ぼう」
導入部から引き込まれ笑わせられる。尋問する側とされる側の駆け引きが最高!最後まで無駄が無く、短編ではあるが読み応え充分、いや十二分。

「キッド・カーデュラ」
「クライムマシン」に連作短編として紹介されていたカーデュラ氏のシリーズ番外編。あちらのカーデュラ氏とはイメージが違うけれども、こっちのカーデュラも面白い!こういう一族ならば仲間入りしても良いかも?(笑)

「誰も教えてくれない」
今回の連作短編ターンバックルシリーズ。これを含め5編が掲載されています。主人公は駆け出しの探偵、しかし彼の探偵ぶりがまた…(笑)。と思いきやしっかり裏切ってくれる作品もあり。

--------
収録作品
妻を殺さば/毒薬で遊ぼう/10ドルだって大金だ/50セントの殺人/とっておきの場所/世界の片隅で/円周率は殺しの番号/誰が貴婦人を手に入れたか/キッド・カーデュラ/誰も教えてくれない/可能性の問題/ウィリンガーの苦境/殺人の環/第五の墓

10ドルだって大金だ 10ドルだって大金だ
ジャック・リッチー (2006/10/13)
河出書房新社
この商品の詳細を見る

大統領の最後の恋 

アンドレイ・クルコフ/著 前田和泉/訳 新潮クレストブックス

一人の男性の半生を三つの時系列-旧ソ時代末期(1975~92)ウクライナ独立後(2002~05)そして未来(2011~16)-に分けて交互に書き綴っている。
これは構成の妙だろう。青年期の主人公の姿を見て、この人が大統領に?と感じてしまうし、だからこそ何故彼がその地位に登りつめたのかが早く知りたくて、ついページを繰る手が早まる。大統領になってからの彼は一人身なのだが、そうするとこの女性は?あの女性は?子供は?…そしてまた夢中で読みふけることになるのだ。

これが時系列通りに書かれていたら、ここまで夢中になれたか?いえ、物語自体もとても面白いのでこの厚さでも飽きることはないでしょうが、読了までに少なくても倍の時間がかかったと思う。

主人公セルゲイは、ナイーブで優しい、優柔不断とも言えちゃうような、何処にでもいそうな男性。しかし周囲にはなかなか癖のある人間が集まる。
大統領就任後に心臓移植を受けるのだが、これがまた一癖もふた癖もある心臓だ。
緊迫する政治情勢の中、政敵が思いもよらぬ攻撃をかけてくるし、周辺諸国もとんでもない事件を起こすし、ロシアには頭が上がらないし、国内では宗教問題や政治家同士の足の引っ張り合いやら…と、シニカルでユーモラスで楽しいのだけど、ロシアウクライナ情勢に疎いため、一番面白い部分が理解出来ていない気がする…ちょっと(かなり)残念。

600ページを越える大作だし一気読みは難しいだろうが、ラストを充分に堪能するにはやはり間を空けずに読むほうが良いだろう。3日間かかりきりになったけどその甲斐はありました。おすすめ!


大統領の最後の恋 大統領の最後の恋
アンドレイ・クルコフ (2006/08/30)
新潮社
この商品の詳細を見る

グラックの卵 

ハーヴェイ・ジェイコブズ/他 浅倉久志/編・訳国書刊行会

1950年から68年までに発表されたユーモアSFを、年代順に並べたアンソロジー。

「見よ!かの巨鳥を!」ネルスン・ボンド
冥王星の軌道上で発見された物体。 まるで羽ばたいているように見えるが…
ありうべからざる大きさ、ありうべからざる速さ。 目標は?目的は?
ブラウンの「気違い星プラセット」を思い出した。共通項は「鳥」ってだけですが…いや、トンデモ話を真面目に書くところそのものも共通しているのかも。

「ギャラハー・プラス」ヘンリー・カットナー
マッド・天才・アル中サイエンティストの話。
学はなくても一旦酔っ払えば天才、でもシラフに戻ればただの人。しかも酔っている間の記憶は全てなくしてしまう。
物語も楽しかったけど、最高は何といってもロボットのジョー。何ともキュートで魅力的で手に負えない~。はい、ロボット&人工知能には無条件で惚れます♪

「スーパーマンは辛い」シオドア・コグスウェル
スーパーマンって言ってもタイツ穿いてるアレじゃなく、超能力者集団、って意味。自らの優位性を保ち、予測される通常人の迫害を避けるために力を合わせるスーパーマンたち。しかしその結果は…
文明礼賛っぽいところはありますが楽しかった。スーパーマンなのに、妙に小市民的なところがかわいい。
ラリイ・ニーヴン「スーパーマンの子孫存続に関する考察」もスーパーマンゆえの辛さを書いた小説だったな、こっちはタイツはいてる方だけど(笑)。再読候補のトップに上げておこう。

「モーニエル・マサウェイの発見」ウィリアム・テン
才能皆無、自意識過剰で自信過剰、周囲から避けられて当たり前の「自称」画家マサウェイが、突然才能豊かな良識人になった理由は?
タイムパラドックスものだが、普遍のテーマを新しい切り口で料理している。普通「最初に誰が?」っていうのはうやむやにされがちだけど、曖昧ではあっても回答があるっていうのは珍しい。

「ガムドロップ・キング」ウィル・スタントン
ほのぼの系の小品。レイモンドは農場で変わった「お友達」と出会い、しばらく話をするうちに心に引っかかっている悩み事を打ち明ける。
結末がはっきりしない分、この後を思い巡らす楽しみが残る。
ついイジワルな笑みが浮かんでしまうのは大人の邪悪さか(笑)。

「ただいま追跡中」ロン・グーラート
私立探偵ビルは、ロボ・クルーザーで家出した依頼人の娘を追跡中。けれどもクルーザーが不調続き。結局不時着する羽目になり、そこで機械心理学者/精神分析医のディーピング博士と知り合う。
面白いのだけどちょい読み足りなさが残る。アイディアに頼りすぎかな?

「マスタースンと社員たち」ジョン・スラデック
事務仕事という地味な職業を背景にした、非現実的で無機質な言葉遊びの世界。…ダメです、どうも合いません。

「バーボン湖」ジョン・ノヴォトニィ
これは好み♪どうせ休暇を過ごすなら、こういう場所に本をいっぱい抱えて行きたい!…洋酒だけかな?日本酒もあればいいなぁ(笑)。

「グラックの卵」
ヒーコフ教授の遺言で、絶滅種である筈の「グラック」の卵を託されたハロルド。しかしその卵を狙う人物が…。お色気風味の利いた楽しい一篇。

しかし、最初の「見よ!かの巨鳥を!」の卵の壮大さ(大風呂敷)に比べて、「グラックの卵」の卵ちゃんの可愛らしいこと。黄金時代以降変転を重ねてきたSFではあるが、こうやって発表年代順に読んでみると、傾向がはっきりしてくる。
やっぱり自分には50年代あたりが向いているらしい…。

 

グラックの卵 グラックの卵
ハーヴェイ ジェイコブズ (2006/09)
国書刊行会
この商品の詳細を見る

シャルビューク夫人の肖像 

ジェフリー・フォード/著 田中一江/訳 ランダムハウス

19世紀末。時代の波に乗って、肖像画家として名を成しているピアンボは、盲目の男から「主人の肖像画を書いて欲しい」との依頼を受ける。高額の申し出に惹かれて依頼主シャルビューク夫人の元を訪れたピアンボ。だがそこで告げられた条件は「姿を見ずに、会話だけで自分の肖像画を描け」という奇想天外なものだった。

衝立の影から、子供時代の特異な経験を語るシャルビューク夫人。
山中の一軒家、降り積もる雪、そのひとつひとつの結晶。
或いは、まるで涙のように目から血を流し、路地裏で死んでいく女性。
主題に相応しく、絵画的な雰囲気の中で流れゆく物語。

非常に印象深く、サスペンスに溢れた読み応えのある作品である。ピアンボの恋人サマンサの毅然とした美しさ、シャルビューク夫人の正体を暴くことに積極的な画家仲間、姿を見せずに脅しをかけるシャルビューク氏、盲目の執事と、登場人物も多彩で個性的。読み出したら止められない、面白い小説だった。
だが、読後にはどうしても物足りなさを感じる。すっきりとまとまった完成度の高さ、これはエンターティーメント小説として一流だとは思うのだけど、「白い果実」の荒削りだけれど力強い、怖ろしくも魅力的な世界とどうしても比較してしまう。
最後は好みの問題だし、「白い果実」は三部作の第一作に過ぎないため、これからどうなるかは未知数でもあるのだけれど…やっぱりこっちが好きですねぇ。でも安心して人に薦められるのは?と聞かれたら間違いなく「シャルビューク夫人」ですなー。


シャルビューク夫人の肖像 シャルビューク夫人の肖像
ジェフリー・フォード (2006/07/20)
ランダムハウス講談社
この商品の詳細を見る

でかした!ジーヴス 

P・G・ウッドハウス/著 森村たまき/訳 国書刊行会

今回は11篇収録の短編集、そのうちの2編が文藝春秋版の「ジーヴズの事件簿」と重なっている。それも冒頭に収録と来たもんだ。
…はい、焦りましたよ二度買いしちゃったかと思って(笑)。でも大丈夫、ダブっているのはお気に入りの作品だし、他の作品も結構粒揃い。特に「愛は全てを浄化す」なんて、古い映画のファンなら感涙もの。リリアン・ギッシュにグレタ・ガルボ、極めつけはクララ・ボウ!映画が娯楽の王様だった時代ならではの話ですね。「ビンゴ夫人の学友」も、うーイジワルだ!と思いながらも笑っちゃったし。あ、でも第一話のタイトルは「ジーヴスと迫りくる運命」よりも文春版の「バーティー君と白鳥の湖」のほうが良かったな。

兎にも角にも、ワンパターンの楽しさ、ジーヴスの慇懃で七面倒くさい言葉遣いの面白さ、奇人変人の大盤振る舞いと、今回も充分満足させて頂きました♪次回、ウッドハウスコレクション第6弾「サンキュー、ジーヴス」は12月刊行予定だそうです。同じ月には文藝春秋からスミス氏が出るので、正月はウッドハウス三昧かな~♪いや、年が明けるまで持たないような気もするが…(笑)。


収録作品
ジーヴスと迫りくる運命/シッピーの劣等コンプレックス/ジーヴスとクリスマス気分/ジーヴスと歌また歌/犬のマッキントッシュの事件/ちょっぴりの芸術/ジーヴスとクレメンティーナ嬢/愛はこれを浄化す/ビンゴ夫人の学友/ジョージ伯父さんの小春日和/タッピーの試練


でかした、ジーヴス!―ウッドハウス・コレクション (ウッドハウス・コレクション) でかした、ジーヴス!―ウッドハウス・コレクション (ウッドハウス・コレクション)
P.G. ウッドハウス (2006/07)
国書刊行会
この商品の詳細を見る

絶望 

ウラジミール・ナボコフ/著 大津栄一郎/訳 白水社

おはなさんの強烈お薦めで、遂に初ナボコフです。

倒叙ものなので粗筋は省きますが。
主人公へルマン、何と言ってもこのヒトが凄い。
自分以外、自分の目に映る世界以外のものは全く見えていないのだ。

延々と続く独白はひたすら自分のこと。
妻や親戚も、「自分の目にこう映る」という存在に過ぎず、一人の自立した人間として見ることはない。「自分は嘘つきである」と述べているが、嘘と言うより妄想か。自己を粉飾し、陶酔している様は滑稽である。周りの人間たちは、自分が見せたいと思っている姿を丸ごと信じていると思い込んでいる様も滑稽である。更に、周囲で起きていることに対して、あれほどに歴然としていながらも主人公の目には全く入っていない。もう滑稽というより気の毒になってくる…

「亡命作家に読ませたい」と願うこの手記は、常に読者を念頭において綴られている。しかし読者は彼が絶対に見ようとしない現実を知らされる。
「え、そこで信じちゃマズイんじゃないの?」
「あー、それは駄目絶対駄目!」
「おいおい、相手が腹の中で何考えてるかミエミエじゃないか!」
性格破綻者とも言える主人公だけれど、その純粋さゆえに同情が沸き、思わずこういう言葉も出てしまう。

結末は、何通りにでも解釈できるようになっている。
解説に書かれていたのも、ひとつの解釈ではありますが、個人的にはそっちは取りませんねぇ。「女はしたたか」、そっちのほうがありえると思ふ。。。

ナボコフの名で、つい享楽的本読みの自分などは引いてしまうのですが、これは文学としてだけではなく、倒叙もののミステリとしても一級品なのじゃなかろうか?可能ならば妻側の視点から書かれたこの物語を読みたい。多分、いや確実に、これに負けず劣らず面白い小説になるだろうな。
 

サーカス団長の娘 

ヨースタイン・ゴルデル/著 猪苗代英徳/訳 NHK出版

幼い頃から孤独を好み、他人を心の中で操り、自分の作り上げた世界に没頭していたペッテル。物語は常に彼の脳内に湧き上がり、留まることを知らない…『ぼくの頭の中では、物語がひっきりなしに生まれている』のだ。
大人になった彼はそのアイディアを小説家(若しくは卵)に売り、生計を立てるようになるが、「君だけに譲るんだ」という決まり文句も顧客が増えるに従って信用されなくなり、次第に今では名を成した顧客たちの反乱に脅えるようになる。

主な粗筋はこうだけれど、作品そのものにはペッテルの創作した物語が随所に挟みこまれ、それだけでも十分に読み応えがあるのだが、別居していた両親それぞれとのとのかかわりや、女性たちとの付き合いも細かく描かれている。特に「生涯ただ一人の女性」マーリアとの出会いと別れと、折に触れ語られる「サーカス団長の娘」の物語は映像的。

しかし、もっともっと手放しで誉めたいのは山々だけど、それをすると帯の文句を考えた人と同じ過ちを犯しかねないのだ。この帯、しっかりネタバレしてるんですよ~。
いえ、読んでいるうちに何となく察することは出来るのだけど、「自分で何となく察する」のと「あ、あそこに書いてあったのはこのことなんだ」と腑に落ちちゃうのは全く別物だし。ラストの胸が痛くなるような余韻は、知らずに読んで完全に感情移入して味わうほうがずっといい。

私は先に読んだ人の感想でこのことを知り、被害を逃れた(笑)のだけど、この小説で先読み出来ちゃうのだけは勿体無い!と読了してつくづく思った。それ程に物語を読むことの面白さを堪能させてくれた小説でありました。

コロラド・キッド 

スティーヴン・キング著「ダークタワー」シリーズの刊行記念イベントとして、新潮社が企画した一万人限定のプレミア・ブック「コロラド・キッド」。添え書きによると、この作品は契約上日本での刊行、販売は出来ないそうだが、プロモーションならばOKとのことで、こういう形になったそうだ。
しかし、知人で応募したひとの殆どが当選しているらしい…もしかして懸賞とは名ばかりの全員プレゼント?いえ、自分が当選すれば良いのですが(笑


メイン州のムース・ルッキット島で発見された死体。身元不明で死因も曖昧…数ヶ月後に身元が判明するものの、更に謎は深まるばかり。

この物語は、老ヴィンスの語る
「現実世界では本物の物語―つまり、はじまりがあって中間があって、結末がちゃんとあるような話は、ごくごく少ないか、まったく存在しない」
の台詞に集約されるだろう。
作り物ならば幾らでも筋の通った物語をひねり出せるが、現実世界に生きる私たちは、誰しも未解決の事件、結末がないまま打ち捨てられた出来事、そして折り合いがつけられぬまま心の中に燻る思い出などに囲まれていると思う。だからこそ、本や映画に起承転結のはっきりしたストーリーを求め、そこに矛盾点を見つけると落ち着かなくなるのかも知れない。

それを逆手に取り、こういう短くも読みでのある物語に仕上げたキングの巧さに脱帽である。島で半世紀のあいだ新聞を発行してきたふたりの老人の洒脱さ、そこに研修に来た本土生まれのステファニーの冴えた頭脳と一途さが楽しく面白く、最後まで一気に読ませるのだ。
これが一般販売だったらなぁ。コアなキングファン以外の人からも面白い感想が聞けただろうに。ちょいと残念である。


コロラド・キッド
 

ジェーン・エア 

シャーロット・ブロンテ著 大久保康雄訳 新潮文庫

中学時代、学校の図書館に「世界文学全集」全100巻が置いてあり、2年の時だったか全巻読破に挑戦した。タイトルとしては40くらいしかなかったと思うが、これで多種多様なジャンルに馴染むことが出来た。が、哀しいかな現在までしっかり覚えているのは数作程度、それも途切れ途切れの記憶しかない。

この本も、そんな1冊。導入部なんて忘却の彼方、かろうじて途中の印象的ないくつかのシーンとラストを思い出せる状態…多分、その頃にはあまり感銘を受けなかった作品だったのだろう。

しかし。
ン十年後に再読すると、これが面白いのなんの。決して短いとはいえない上下巻を、貪るように一日で読みつくしてしまった。

不幸な、そして怒りに満ちた少女時代。
18になる頃には、夢も希望も自分には無縁のものとして、一教師としてつつましく自活する以上のことを考えてないジェーン。

だが、彼女のものの考え方は非常に独特である。機知に富み、判断力に優れ、そして地味な外見からは窺い知れぬ熱い情熱を秘めている…が、性格的にはかなり偏りがあると感じた。非常にプライドが高く、冷静沈着でありながらも時に後先を考えずに行動を起こす。常に静かで控えめでありながら、チャンスがあれば自分の機知を見せびらかし、才能を誇示する。

彼女の情熱の対象、ロチェスター氏もかなりエキセントリックだ。他人を騙すことに喜びを感じるとしか思えない…占い師然り、イングラム嬢との恋愛遊戯然り。彼も、恐ろしく高いプライドを持っているのだろうな。二人とも、容易には癒すことの出来ないくらいに根深い「孤独」を抱えている。互いに魅力の無い容姿であることも、ここまで孤独感を抱くに至った一因であるだろう。だからこそ、彼らは互いを激しく求め、共鳴し合う…多分、この相手以外に自分の孤独を理解し癒すことの出来る人間はいないのだろうから。

そして、ふたりを合わせたよりももっと高慢で救いようがないくらいにエキセントリックなのが従兄セント・ジョンである。ま、彼はバルカンに例えられるような美男子ですけどね。彼が何故にこういう性格となるに至ったかが書かれていないのが結構不満。

この彼らの性格の奇矯さが、悲劇、ロマンス、ゴシック風の恐怖などで色づけされたストーリーの巧妙さにも増して、この本を素晴らしく面白いものに仕立てている。彼らの圧倒的な存在感の前では、テムプル先生やフェアファックス夫人、メアリやダイアナといった優しく思いやりに溢れた人々の、なんと色褪せて見えること…。彼らは生きている。この物語を読むものに、その息遣いを感じさせる程に生きているのだ。独特の人物設定と、その細やかな描写が、この小説をいつまでも古びず色褪せない、古典的名作としているのだと感じた。

今、この年代になって読み返してみて本当に良かった。この小説の面白さは、10代ではほんの表面しか味わえないのだろう。是非他の、中学生の頃に読んだ古典も読み返したくなった。

 

ウースター家の掟 

P・G・ウッドハウス/著 森村 たまき/訳 国書刊行会

相変わらずのバーティーとジーヴス。
しかし、今回はバーティーのなけなしの知性が曇ってしまっている模様。
最初、古典からの引用があやふやなんですよね。だけど中盤からは結構スムーズに出て来る。これはバーティーの置かれた状況によるのか?面倒な事件が頻発し、こんがらがってくると妙に的確な引用が出て来るような。
そしてジーヴスは、密かに期待を抱いている…その望みは達せられるのか?まあ多分最後には、でしょうが(笑)。

そうそう、見つけました!かのアガサ・クリスティーが喜んだという「エルキュール・ポワロ」についての文章。それもホームズと並び称されておりますからねえ。流石は名探偵だ。

しかし…
物語は長編ならではの難問続出である。
全ての道はウシ型クリーマーに通ず。

今回ジーヴスの機知は、目先の問題を解決するほうに使用されてしまい、大本の問題解決には向かっていないような気がする。ウシ型クリーマーに秘密の手帳、そして巡査のヘルメットが加わった恐るべき三大話に解決の道はあるのか?
「よしきた、ジーヴス」で周囲を引っ掻き回したガッシーとマデラインに加え、か弱い女性ながらも猛犬を飼いならし、独自の道徳観で行動する美女スティッフィーの存在が光ってますねぇ。 イギリス紳士のコレクター熱にも脱帽っ。
…しかし、「よしきた、ジーヴス」の続編とはいえ、『よしきた、ホー』が頻出するのは非常に気になる…

今回思ったのだけれど、バーティーとジーヴスの関係って夫婦みたいですね。表面上は夫に従順でありながら、こっそり裏から夫や周囲を操って主導権を掌握しているやり手の妻。
バーティーが結婚したがらないのも無理はないですねえ。ジーヴス並みの女性なんて滅多やたらに見つかるものじゃないし、万一見つかったとしても逃げるでしょ、バーティー(笑)。

…つぎは9月発売の「でかした!ジーヴス」まで待たなければならない。半年も待たされるのか…はぁぁ。文春のウッドハウス選集第三巻「マリナー氏」はいつになるか判らないし。早く出してくれないかなー。

 

素数の音楽 

マーカス・デュ・ソートイ/著 富永星/訳 新潮クレスト・ブックス

恥ずかしながら、私は数学が大の苦手である。公式が出てくると目が宙を彷徨い、虚数と聞くと脳の回路が一瞬にして停止してしまうのだ。

そんな私にですら、この本は数学の美しさと奥深さを垣間見せてくれた。「創造性あふれる芸術としての数学」「この世に醜い数学の安住の地はない」…
読後にはこれらの、歴史に残る数学者の言葉が真実味を持って伝わってくる。
そのような、調和の取れた音階で構成され、うっとりするようなシンフォニーを奏でる数の世界にありながら、その中心部に存在する「素数」は不規則である。無限であるか有限であるかすら分からない、ひとつの偶数を挟み、隣同士に並んでいるかと思えば、次の素数は遥かな彼方まで行かねば出会えない。

数学に美しさを感じる人々にとって、この「素数」がどのような存在であるのか、何故並み居る数学者が素数の謎に惹かれるのか。この本は1860年代に提唱され、いまだに証明されていない「リーマン予想」を中心に、古代ギリシャから現代までの数学の歴史と、偉大な業績を上げた数学者たちの生涯とを絡めて描き上げている。数学アレルギーだろうがなんだろうが、美と情熱に溢れた、最高に面白く魅力的な作品だった。

勿論自分にはここで扱われている理論を理解するのは不可能だけど、数学者達が数に感じる「至上の美・天空の音楽」というものが漠然とではあるがわかったような気がする。
しかし…
頭で理解は出来るものの、自分でその美しさを実感することは出来ない。そう、満場の聴衆の中、ただ一人耳栓をつけたまま素晴らしいオーケストラの演奏を聴いているような気分だ。子供の頃からの算数嫌いがこんなところで祟るとは。

蝿 

ジョルジュ・ランジュラン/著 稲葉明雄/訳 早川書房

最初にこれの文庫を買ったのは、映画「ザ・フライ」の公開直後でした。今調べてみたら1986年の映画だから、翌年公開&出版されたとしても18年も昔の話。それに、後に紛失してしまったので、表題作「蝿」以外の記憶は朧…覚えている作品も、印象に残っていた読後感と今感じるものが微妙に違うんですよね。だから長い空白の後の再読って面白い。

「蝿」
まあ、大筋は覚えていたので安心(笑)。しかし…初読のときは思わなかったけど、トウィンカー警部っていい味出していたのね。

「奇跡」
これも印象が強かった作品。皮肉と言うか、かなり意地悪だよねこれは(笑)。しかし10数年の月日は、読み手の受け取り方を変えてしまったのだ。以前は主人公の嫌らしさに嫌悪感を抱き、ラストににんまりしたのだったが…今は奥さんが気の毒にも感じる。

「忘却への墜落」
これはすっかり忘れてた。同情の余地はあるか…?いや、あまりないな、どっちにも。だからこそ面白く読めるのかも。

「彼方のどこにもいない女」
これも忘却の一編。
だけど忘れていて良かったかも…かなりきついですね、これも。メアリイの仲間達はこれを予期していたのか?うーむ。

「御しがたい虎」
虎の身になって考えると思いっきり頷ける(笑)。ランジュランの書く人間は、善人なんて間違っても言えないけれど、妙にかわいらしかったりするんだよな…。

「他人の手」
これは初読のときも衝撃だったけれど、十数年を経ても同じでした。下手な理屈をつけないで戦慄を楽しむ一編ですね。しかし…こわい。

「安楽椅子探偵」
ほのぼの感の漂う、優しい味わいの作品。この短編集の中では異色かな(笑)

「悪魔巡り」
犬が出てくる短編が多い。で、犬は仲間猫は敵…著者の好みですかな、他にも散見。だけど、洗礼受けてると駄目なの?だったら、悪魔さんって昔は獲物見つけるの大変だったろうなぁ。異教徒でも可?

「最終飛行」
これも「安楽椅子探偵」と同じく暖かい雰囲気。あっちほどほのぼのではない…かな。でも静かで優しい作品だ。アホウドリの登場では「マロリオン物語」を思い出したけれど、西欧でのアホウドリってこういう印象なのかな。

「考えるロボット」
残念ながら古びてしまった作品。当時読んだら面白かったんだろうけど…でもサスペンス度は一番です。

10数年あけて読んで自分の記憶力の乏しさに涙した作品でしたが、忘れてたからこそまた楽しめた訳で…ま、いいことに(笑)。
1950~60年代の短編ってやっぱり好き、一番自分に馴染むように思います。ジョルジュ・ランジュランは、いまだに邦訳されない作品のほうが多いのだけれど、最近この時代の小説が相次いで出版されていることだし、これを機会にもっと邦訳して欲しいものです。


蝿(はえ) 蝿(はえ)

ジョルジュ ランジュラン (2006/01)
早川書房
この商品の詳細を見る

半七捕物帳 

岡本綺堂/著 春陽文庫

昨年池波正太郎の固め読みをしましたが、あの雰囲気が忘れられなくなってしまい、今度は大正文学「半七捕物帖」へ。
明治の世、引退して悠々自適の生活を送っている半七老人のもとへ通った『私』が聞き書きをした…という設定になっています。

「鷹のゆくえ」はちとご都合主義じゃ?とも思えますが、面白いからいいや(笑)。「津の国屋」は幽霊譚が実は…という内容で、この巻の収録作品では一番好き。特に最後の半七の台詞「昔の悪党は今の善人より馬鹿正直」が最高です。江戸情緒と明治の雰囲気が同居する設定も良いなぁ。

収録作品
お文の魂/石灯籠/鷹のゆくえ/津の国屋/湯屋の二階/お化け師匠/広重と河獺/三河万歳/海坊主/化け銀杏

半七捕物帳 (2)

雷獣一つ目小僧に化け猫鬼娘と、あやし系の物語が目立つ巻。明快に解決できた事件だけじゃなく、ところどころに常識では解き明かせない謎も残っちゃうところが雰囲気を高めています。特に「弁天娘」…深読みするとあまりに哀れ。
それと「雪達磨」の南京玉の使い道にはちとびっくりしました。これってガラス製だと思ってたのだけど、調べたら陶製もあるのね。

「南京玉ー陶製やガラス製の小さい玉。糸を通す穴があり、指輪や首飾り、刺繍(ししゆう)の材料などにする。ビーズ。」

だそうな。ビー玉様のものを思い浮かべてたから違和感あったんだな…江戸も明治も遠くなりにけり。

収録作品
弁天娘/山祝いの夜/冬の金魚/雷獣と蛇/一つ目小僧/勘平の死/雪達磨/鬼娘/槍突き/猫騒動/春の雪解/むらさき鯉/半鐘の怪
半七捕物帳〈3〉
維新前の混乱と仇討ちが同居する時代ならではのラインナップ。庶民にとっても怒涛の数年間だったのだろうなあ。「あま酒売り」は、似たような物語をハミルトンの「眠れる人の島」で読んだばかり。こういう伝説って洋の東西を問わずあるものなのですね。「小女郎狐」のけなげさ、そして「奥女中」の哀れさと優しさが心に残りました。

収録作品
旅絵師/女行者/朝顔屋敷/帯取の池/異人の首/奥女中/あま酒売/半七先生/蝶合戦/筆屋の娘/人形使い/小女郎狐

半七捕物帳〈4〉

「三つの声」は、筋立ては元よりテンポも良くて、舞台で演じたら面白いだろう一編。「柳原堤の女」は…第一巻の「三河万歳」でも感じたのだけれど、この時代の、何らかの異常を持って生まれた人間に対する偏見って凄かったようです。これって鎖国の弊害かもね、殆どの人間が一生同じ人種、同じ考え方の人間しか知らずに暮らしていたのだから。
いえ、現代でもまだこういう考え方から抜け切れない人って居ますけれど…でも、偏見を持った人が存在する背景を考えることによって、それを無くす社会への道が見えてくるのではないだろうか。遮二無二「差別用語はいけない」とか言って言語統制を布くのは、偏見をただ深いところに押し込めるだけじゃないのかな…いえ、勿論規制が悪いとは思いません必要性は認識してますが。うーん難しいっ。

収録作品
狐と僧/松茸/仮面/柳原堤の女/張子の虎/お照の父/向島の寮/三つの声/少年少女の死/熊の死骸/十五夜御用心/金の蝋燭
半七捕物帳(5)

この巻は文明開化の香りでした。南蛮渡来のズウフラ(拡声器?)に唐人飴、そして種痘。
「河豚太鼓」の種痘をすると牛になるっていう噂…いえ、当時の人にとっては冗談では済まなかったんでしょうね。こういう思い込みが生んだ悲劇って結構あったんだろうなと思います。そして「妖狐伝」では、異人が次第に江戸市中に入り込んで来た様子が。と言っても時はお江戸の爛熟期でもあり、「正雪の絵馬」ではコレクター心理、「大坂屋花鳥」では天保の改革が扱われていたり。新旧が混在する激動の時代と、それでもいつの世も変わらぬ庶民の生活が描かれた巻でした。

収録作品
ズウフラ怪談/大阪屋花鳥/正雪の絵馬/大森の鶏/妖狐伝/新カチカチ山/唐人飴/河豚太鼓
半七捕物帳〈6〉

吉良の遺品、お化け屋敷に菊人形と来たかと思うと、写真好きの異人が登場したり…この巻も、幕末の香りが漂います。菊人形って幕末にやっと出てきた、比較的歴史の浅いものだったのね、知らなかった。
いつも感じるのだけど、芝居好きの半七老人の語る、楽しげな薀蓄を理解できないのが悲しい。十手持ちだった若き日の姿も良いけれど、やはり飄々とした好々爺の半七が最高です。

収録作品
かむろ蛇/幽霊の観世物/菊人形の昔/蟹のお角/青山の仇討/吉良の脇差/歩兵の髪切り/川越次郎兵衛
7巻
十手持ちの半七が牢抜け者と間違われる、とぼけた味わいの「廻り燈籠」、盗難事件だけど読後感がほのぼの「夜叉神堂」。いいですねえこういうの。そして最後の中篇「白蝶怪」は、入り組んだ筋立てで、長編にしても良さそう。

収録作品
廻り灯籠/夜叉神堂/地蔵は踊る/薄雲の碁盤/二人女房/白蝶怪



明治の世、隠居している元岡っ引きの半七親分が語る思い出話の数々。幕末の江戸情緒、そして華やかな明治の東京を満喫させてくれた作品でした。
著者の岡本綺堂は明治5年の生まれ。日々目まぐるしく変わり、どんどんと成長していく文明開化の東京で育ち、周囲の大人から、お江戸の昔話をたんと聞かされて育ったのでしょうね。会話の端はしに、今では使われない言い回しや江戸言葉が出てくるし、既に死語になり、辞書で調べてやっと納得するような言葉が当たり前のように話されている。いえ、勿論このシリーズの一番の魅力は、老いてなお粋な江戸っ子半七親分そのものなのだけれど。
 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。